東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)64号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証の一(願書添付の明細書、以下「本願明細書」という。)、甲第二号証の二(昭和五七年五月一七日付け手続補正書)、甲第二号証の四(昭和五八年八月一九日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び効果は、次のとおりであると認められる。
本願発明は、六価クロムあるいは三価クロムを含有する固形状又は液状廃棄物の処理に関するものである(本願明細書第二頁第一行ないし第三行)。
従来、六価クロム化合物を含む固形状又は液状廃棄物を処理する方法としては、コンクリート固化又は焼成によつて処理されていたが、コンクリート固化法では単に六価クロムをコンクリートで物理的に被覆しているにすぎず、経年変化や衝撃によるコンクリートの破損、浸蝕等に伴つて六価クロムが環境中に溶出することが免れず、また、焼成処理では一二〇〇℃以上の高温で加熱しなければならず、燃料費、設備費を要し、経済性において問題があつた(同第二頁第一〇行ないし第二頁第二〇行)。本願発明は、これらの諸問題を解消し、六価クロム化合物の生成を伴うことなく産業廃棄物を焼却する方法についての技術を提供することを目的とし(同第三頁第一行ないし第四行、昭和五七年五月一七日付け手続補正書第一頁第三行、第四行)、焼却の際に、硫酸塩、例えば硫酸第二鉄、硫酸アルミニウム等の金属又はアルカリ土金属の硫酸塩の一種または二種以上をあらかじめ焼却しようとする廃棄物中に混合させて焼却を行うことによつて、六価クロムを含む場合は三価に変え、あるいは三価クロムが六価クロムに酸化されることを防止することができるであろうとの予測の下に(本願明細書第三頁第九行ないし第一六行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。
本願発明は、右構成を採用したことにより、極めて安価に、かつ有効に廃棄物中の有害なクロムを除去処理し得るという作用効果を奏するものである(同第九頁第一四行ないし第一〇頁第五行)。
(二) 他方、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載の発明は、クロム酸ソーダを製造する際に副生するクロム酸ソーダ浸出残渣の処理方法に関するものであり(第一頁第一欄第九行ないし第一一行)、クロム酸ソーダを製造する際に副生するクロム酸ソーダ浸出残渣は従来ほとんど利用価値がないために廃棄されていたが、これが長時間にわたつて水と接触するとアルカリ性を呈するばかりでなく、徐々にクロム酸イオンを放出して水に帯黄色を与える傾向があり、そのためこれを根本的に改善する工業的処理が望まれていたところから、かかる問題を解決することを目的として(第一頁第一欄第一二行ないし第一頁第二欄第八行)、「残渣に鉱酸または鉱酸含有物質を添加して焼成することにより前記の溶出傾向が根本的に改善され極めて安定無害な残渣となる(第二頁第三欄第五行ないし第九行)」ことを見出し、「クロム酸ソーダ浸出残渣に鉱酸または鉱酸含有物質を添加して焼成することを特徴とするクロム酸ソーダ浸出残渣の処理方法(第一頁第一欄第五行ないし第七行)」との構成を採用し、これにより、クロム塩工業から必然的に副生するクロム酸ソーダ浸出残渣を安全化かつ無害化するばかりでなく、モルタル用砂、軽量骨材、埋立用材、その他各種用途に有効に利用し得る材料の提供をなし得るという作用効果を奏するものである(第三頁第七欄第一行ないし第一七行)ことが認められる。
2(一) 原告らは、引用例記載の発明の処理対象であるクロム酸ソーダ浸出残渣に六価クロム化合物は含まれていない、と主張する。
引用例記載の発明は、クロム酸ソーダ浸出残渣に鉱酸または鉱酸含有物質を添加して焼成し、クロム酸ソーダ浸出残渣を処理するものであることは前記1(二)で認定したとおりである。そして前掲甲第三号証によれば、引用例には、「本発明に於ける鉱酸の役割(作用機構)の詳細は必ずしも明らかでないが、概略つぎのごとく推定される。即ち、鉱酸は残渣中の各種アルカリ性反応物質と反応してこれを中和し或は酸性化すると共に残渣中の六価クロム化合物とも反応して重クロム酸マグネシウムや無水クロム酸を遊離させる。この重クロム酸マグネシウムや無水クロム酸は焼成工程で(1)及び(2)式の如く分解して安定且つ不溶性のMgO・Cr2O3スピネルやCr2O3となり、
(中略)
MgCr2O7→MgO・Cr2O3+30 ……(1)
2CrO3→Cr2O3+30 ……(2)
従つて、本発明の方法に於ては必ずしも還元雰囲気を必要とせずに六価クロムの還元反応が行われ、最終的に得られる残渣はクロム酸塩や遊離アルカリ或は遊離酸を実質的に含まないものとなる。なお、残渣に鉱酸又は鉱酸含有物を添加することなく、通常雰囲気中で単なる焼成を行うと、残渣中の六価クロム化合物はむしろ明らかに増大し、アルカリ溶出傾向も改善されずに本発明の目的は達成されない(第二頁第三欄第一三行ないし第四欄第一六行)。」「実施例1 クロム酸ソーダ浸出残渣(Cr2O39.5%,Fe2O3+Al2O331.2%,CaO 33.7%,SiO24.1%)の粒状物に鉄鋼酸洗廃液(遊離H2SO452g/l,FeSO480g/lを含有)を添加・混合してスラリーのpHを三・五としたのち九〇〇℃で二〇分間焼成した。得られた焼成物は多少焼結した褐色の粒状物であり、その五gを一〇〇mlの水中に一昼夜放置する浸漬試験でクロム酸イオンの溶出に基く黄色の着色を殆ど示さず液のpHも六・三でほとんど中性であつた。尚、比較のため、未処理の残渣につきこの試験を行うと、液はクロム酸イオンの溶出に基く顕著な黄色を示し、液のpHは約一二の強いアルカリ性を呈する(第三頁第八欄第一行ないし第一五行)。」と記載されていることが認められる。右事実からすれば、引用例記載の発明は、鉱酸又は鉱酸含有物質を添加することによつて、クロム酸ソーダ浸出残渣中に存在するアルカリ性物質を中和しあるいは酸化すると同時に、残渣中に存在する六価クロム化合物については最終的に前記の式(1)及び(2)に示されるように、安定、かつ不溶性の三価クロム化合物に還元転化し、一方、三価クロム化合物については、それが六価クロム化合物に変換されることを防止して結果的に残渣を六価クロムが溶出することのない安定、無害なものとするものであることが認められ、引用例記載の発明が六価クロム化合物を含有しているクロム酸ソーダ浸出残渣を処理対象としていることは明らかである。
そして、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「本発明の対象となる残渣は(中略)、その化学的成分組成は概略次のような範囲にある。Or2O3二ないし一八%(重量)(第一頁第二欄第九行ないし第一二行)」と記載されており、引用例記載の発明が処理するクロム酸ソーダ浸出残渣には三価クロム化合物をも含んでいることが認められる。
してみると、引用例記載の発明は、三価クロム化合物と六価クロム化合物とを共に含むクロム酸ソーダ浸出残渣を処理する方法であるといえる。他方、本願発明が、六価クロム化合物又は六価クロムと、三価クロム化合物又は三価クロムとを共に含む廃棄物を処理するものであることは前記1(一)で認定したとおりである。
したがつて、両者は、六価クロム化合物と三価クロム化合物とを共に含む廃棄物を処理する方法である点で一致する、とした審決の認定に誤りはない。
原告らは、引用例の第一頁第二欄第九行ないし第一八行に記載されている残渣の化学的成分組成には、六価クロム化合物について何ら記載されておらず、同第二頁第三欄第一七行に至つて「残渣中の六価クロム化合物」の記載が突如でてきているが、六価クロム化合物がどのような原因で発生し、どれだけの量存在するか引用例の記載からは不明であるから「残渣中の六価クロム化合物」についての記載は技術内容が不明であり、引用例に記載のクロム酸ソーダ浸出残渣は六価クロム化合物を含むものであるとはいえない、と主張する。
しかしながら、引用例の第一頁第二欄第一二行ないし第一八行に記載されている残渣の化学的成分組成について、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「その化学的成分組成は概略次のような範囲にある(第一頁第二欄第一〇行)」「上記成分はクロム鉱石の種類、焙焼条件および浸出条件などにより変化するものであり(第一頁第二欄第一九行及び第二〇行)」と記載されており、右事実によれば、残渣中の化学的成分組成についての記載はあくまでも概略組成であつて、含まれる全ての成分を記載しているものではないから、そこに六価クロム化合物が示されていないことをもつて、引用例に記載のクロム酸ソーダ浸出残渣が六価クロム化合物を含まないものであるとはいえない。そして、引用例には、前記認定したとおり、「本発明の方法に於ては必ずしも還元雰囲気を必要とせずに六価クロムの還元反応が行われ、最終的に得られる残渣はクロム酸塩や遊離アルカリ或は遊離酸を実質的に含まないものとなる。なお、残渣に鉱酸又は鉱酸含有物質を添加することなく、通常雰囲気中で単なる焼成を行うと、残渣中の六価クロム化合物はむしろ明らかに増大し、アルカリ溶出傾向も改善されず本発明の目的は達成されない(第二頁第四欄第八行ないし第一六行)」と記載されており、六価クロム化合物は、その含有量は明らかではないが、残渣中に存在しており、引用例記載の発明は、右六価クロム化合物を安定な三価クロム化合物に還元転化し、残渣を溶出性六価クロム化合物を含まない無害なものとすることを目的としたものであることは明らかであつて、「残渣中の六価クロム化合物」なる記載の技術内容は不明であるとする原告らの主張は採用できない。
原告らは、本願発明と引用例記載の発明は、処理対象を異にすることから、その技術的課題、処理手段、効果等が相違するものである、と主張する。
しかしながら、本願発明も引用例記載の発明も、六価クロム化合物又は三価クロム化合物とを共に含む固形状廃棄物を処理する方法であることは前記判示したとおりである。そして、前記1で認定したとおり、両者は、ともに六価クロムの生成を伴うことなく産業廃棄物を処理し焼却する方法についての技術を提供することを目的としたものであり、本願発明は、廃棄物に硫酸第二鉄、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウムの群から選ばれた一種を直接添加混合し、加熱焼却するものであり、一方、引用例記載の発明も廃棄物に鉱酸又は鉱酸含有物質を添加して焼成するものであり、前掲甲第三号証によれば、引用例には「本発明で使用する鉱酸または鉱酸含有物質としては(中略)硫酸鉄、硫酸アルミニウム等の如く加水分解や熱分解によつて鉱酸を放出する物質などを挙げることができ(第二頁第四欄第一七行ないし第五欄第二行)」と記載されており、廃棄物に添加する物質についても相違はない。原告は、廃棄物中に含有される六価クロム化合物の量や使用される添加剤の多寡、処理する者の相違等を主張するが、これらはいずれも本願発明の要旨に基づかない主張であつて、失当である。
(二) 原告らは、本願発明は液状廃棄物をも処理対象としているのに対し、引用例記載の発明は固形状廃棄物のみを処理対象としているものであり、両者はこの点において相違するにもかかわらず、審決は右相違点を看過した、と主張する。
しかしながら、本願発明が処理対象とするのは、固形廃棄物、液状廃棄物のいずれでもよいのであるから、かかるうちの固形廃棄物の処理方法に関して、本願発明が引用例記載の発明と同一であると判断されれば、本願発明が液状廃棄物をも処理対象とすることを云々するまでもなく、特許法第二九条第一項第三号に該当することとなる。したがつて、審決が、本願発明と引用例記載の発明との対比判断に当つて、右液状廃棄物をも処理対象としているか否かの点について触れなかつたからといつて、審決に相違点の看過があつたとはいえない。
3 引用例記載の発明は、六価クロム化合物と三価クロム化合物とを共に含む固形状廃棄物を処理する方法であることは前記2で判示したとおりである。
そして、引用例には、前記認定したとおり「残渣に鉱酸含有物質を添加することなく、通常雰囲気中で単なる焼成を行うと、残渣中の六価クロム化合物はむしろ明らかに増大し(第二頁第四欄第一二行ないし第一四行)」と記載されており、このことは残渣に鉱酸含有物質を添加しない場合には、三価クロム化合物が加熱によつて酸化して六価クロム化合物に変化されるものであることを説明しているものと解せられるところ、さらに引用例には、前記認定のとおり「残渣に鉱酸または鉱酸含有物質を添加して焼成することにより前記の溶出傾向が根本的に改善され極めて安定無害な残渣となる(第二頁第三欄第六行ないし第九行)」「本発明の方法に於ては必ずしも還元雰囲気を必要とせずに六価クロム化合物の還元が行われ、最終的に得られる残渣はクロム酸塩や遊離アルカリ或は遊離酸を実質的に含まないものとなる(第二頁第四欄第八行ないし第一一行)」と記載されており、処理された残渣は溶出性の六価クロム化合物を含まないものとなつているものであることからみて、引用例記載の発明も残渣中の三価クロム化合物が加熱によつて酸化して六価クロム化合物に変化されることを防止することは当然意図されていたものと解される。してみると、引用例記載の発明は、本願発明と同様、廃棄物中の三価クロム化合物が六価クロム化合物に変化することをも防止するものである。
したがつて、本願発明が、「三価クロム化合物が加熱によつて酸化して六価クロム化合物に変化することを阻止する」ことを構成要件としているのに対し、引用例記載の発明は、該要件を明示はしていないものの右変化は当然に阻止しており、この点について両者間に実質的な相違はないとした審決の認定、判断に誤りはない。
4 以上のとおりであつて、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
六価クロム化合物又は六価クロムと、三価クロム又は三価クロムの化合物とを共に含む固形又は液状廃棄物を処理し焼却する方法において、前記廃棄物に硫酸第二鉄、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウムの群から選ばれた一種を直接添加混合し、六〇〇ないし一〇〇〇℃に加熱し焼却することにより六価クロム化合物を還元するとともに、三価クロム化合物が加熱によつて酸化して六価クロム化合物に変化することを阻止して焼却灰中から六価クロム化合物が生成するのを防止することを特徴とするクロム含有廃棄物の処理方法。